1. 研究ダイジェスト
- 肌の奥まで届きにくい水溶性の美容成分を肌の奥まで効率良く届ける「ディープデリバリー技術」を開発しました。
- ディープデリバリー技術とは、両親媒性エステルと、ベシクル構造を形成する界面活性剤を組み合わせ、美容成分を包み込むことで、皮膚への浸透性を向上させる技術です(図1)。
- 本技術を用いることで、水溶性のシミ対策成分であるトラネキサム酸の肌への浸透性が向上することを確認しました。肌の奥まで届けることで、トラネキサム酸の効果がより発揮されやすくなると考えられます。

ベシクル構造とは?
水と油の両方の性質を併せ持つ成分が二重の膜を形成して球状になった構造です。皮膚と相性が良く、この構造の内部に美容成分を包み込むことで、浸透性が向上すると考えられています。
2. 研究の背景
皮膚は、表皮、真皮、皮下組織という構造からなり、中でも表皮はバリア機能を発揮する上で重要な組織です。10~20層積み重なった角層細胞とその間をみたす細胞間脂質からなる角層と、その下の顆粒層にある強固な細胞接着構造(タイトジャンクション)によってバリア機能が形成され、体の中にある水分を保持したり、異物の侵入を防いだりしています。(図2)。

スキンケア化粧品に含まれる美容成分が効果を発揮するためには、皮膚内に浸透して表皮細胞や真皮線維芽細胞に作用する必要がありますが、この強固なバリア機能のために、肌の奥深くまで到達しない美容成分も多数あります。一般的には、分子量が500以下で、油に溶けやすい性質の成分が皮膚に浸透しやすいと言われています。例えば、 炎症性物質プラスミンの活性を抑え、シミに対する効果を発揮することが知られているトラネキサム酸は、分子量は小さいのですが、水に溶けやすい性質なので皮膚へ浸透しにくいと考えられています。
美容成分を肌の奥へと届け、本来の効果を発揮させるために、水溶性の美容成分であるトラネキサム酸の皮膚への浸透性を高める素材を探索しました。また、浸透力をTOF-SIMSという手法を用いて評価しました。
3. 水溶性の美容成分を肌の奥に届ける「ディープデリバリー技術」の開発
概要
水溶性の美容成分であるトラネキサム酸の肌への浸透力を高めるための素材を探索し、肌を模して作成した3次元皮膚モデルに塗布することで、浸透性の評価を行いました。皮膚内部への浸透状態は、TOF-SIMSという手法を用いて評価しました。
試験方法
① 3次元皮膚に美容成分トラネキサム酸を浸透させる
3次元皮膚表面にトラネキサム酸水溶液を滴下して浸透させます(図3)。

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② 美容成分トラネキサム酸を浸透させた3次元皮膚から切片を切り出す
トラネキサム酸を浸透させた3次元皮膚から断面を薄くスライスした切片を切り出します(図4)。

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③ 切り出した3次元皮膚断面の成分をTOF-SIMSで分析
切り出した3次元皮膚切片の表面成分をTOF-SIMSで分析します(図5)。

TOF-SIMSは皮膚切片の表面を少しずつ移動しながら成分を分析することで、皮膚の浅いところから深いところまでの成分の分布を調べることができます。
結果
シミ対策成分トラネキサム酸の浸透力を高めるという観点で、水と油のどちらの作用も有する成分である両親媒性エステルや界面活性剤に着目し、その浸透促進効果をTOF-SIMSで評価しました。
複数種類の成分から探索した結果、両親媒性エステルとして知られるシクロヘキサンジカルボン酸ビスエトキシジグリコール、ならびに、ベシクル構造を形成する界面活性剤のジイソステアリン酸ポリグリセリルやイソステアリン酸を含む成分を組み合わせた場合に、トラネキサム酸の皮膚内部への浸透性を著しく高める効果が確認できました。水溶性の美容成分の浸透性を高める本技術をディープデリバリー技術と名づけました(図6)。

図6.浸透促進剤によるトラネキサム酸の浸透促進効果
(a)3次元皮膚モデルにトラネキサム酸およびトラネキサム酸と浸透促進剤を混合した溶液を添加し、培養した。その後、薄層切片を作成し、TOF-SIMSにてトラネキサム酸の浸透状態を測定した。浸透促進剤を配合しない場合の浸透量を100%としてグラフ化した。n = 3, unpaired t-test, ** p < 0.01
(b) 光学顕微鏡画像 (左) と TOF-SIMS で測定したトラネキサム酸の浸透状態のイメージ (右)。
考察
トラネキサム酸は、分子量は小さいものの水溶性の美容成分であるため、油分と相性のよい角層は通過しにくいと考えられています。両親媒性エステルとベシクル構造を形成する界面活性剤を組み合わせたディープデリバリー技術によって、トラネキサム酸の浸透力が高まることが分かりました。詳細なメカニズムについては今後の検討課題ですが、両親媒性エステルの親水性部分とトラネキサム酸が化学的に結合することで角層との親和性が高くなる、界面活性剤によって形作られたベシクル構造にトラネキサム酸が取り込まれる、両親媒性エステルやベシクル構造が角層の細胞間脂質のラメラ構造を一時的に不安定化させ、間を埋めるようにトラネキサム酸を内部へと引き込むなどのメカニズムによって、浸透性が向上したと考えられます。ディープデリバリー技術に関する研究をより深め、シミ対策効果の高い製品の開発へと応用してまいります。
4. まとめ
水溶性の美容成分であるトラネキサム酸は、炎症性物質プラスミンの活性を抑え、シミに対する効果を発揮する成分として知られています。当社における過去の研究では、プラスミンは男性の頬で見られる濃いシミの原因のひとつであること、そして、濃いシミの内部は根を張ったような深く入り組んだ構造となっており、シミの原因物質メラノソームをため込みやすい構造であることを明らかにしています。このことから、今回の検討で得られたディープデリバリー技術で、シミ対策成分トラネキサム酸を皮膚内部に浸透させることは、炎症しがちな男性のシミの発症や悪化を防ぐ意味で、とても効果的であると考えています。
参考
- TOF-SIMS(Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)とは?
空気がほとんど存在しない真空状態で、物質の表面に特殊なイオン(一次イオン)を短時間に連続的に照射すると、表面にある原子や分子がイオン(二次イオン)となって飛び出します。飛び出した二次イオンは、分子量によって飛行する時間が異なるため、質量検出器に分子量が小さいものから順番に到達します。このように、二次イオンを分子量で分離し、計測された精密な質量数から物質表面の分子構造を精度よく特定する分析方法です(図5)。
今回の研究では、3次元皮膚モデルの一部を垂直方向に切り出して薄層切片とし、その断面の分子をTOF-SIMSで分析することにより、シミ対策成分トラネキサム酸が皮膚内部に浸透していることを確認しました。
発表先
1)第35回 国際化粧品技術者会連盟学術大会 2025(IFSCC France – Cannes Congress 2025):ポスター発表
