1. 研究ダイジェスト
- スキンケア製剤に含まれる美容成分の肌への浸透量を測定できる独自技術を開発しました。
- この技術はラマン分光スペクトルと機械学習を用いた多変量解析を組み合わせた手法であり、肌を模して作成した3次元皮膚モデルの内部に浸透した美容成分の浸透状態を可視化できます。
- 従来技術では評価が難しかった、化粧水やクリームに含まれるトラネキサム酸の肌内部への浸透量を評価しました。

2. 研究の背景
美容成分が効果を発揮するためには
スキンケア化粧品や薬用化粧品に含まれる美容成分が効果を発揮するためには、肌内部に浸透して表皮細胞や真皮線維芽細胞に作用する必要があります。例えば、シミ対策成分であるビタミンCやその誘導体は、表皮最深部に存在する色素細胞に作用し、メラニンの生成を抑制する効果を発揮しますし、シワ改善成分であるナイアシンアミドは、真皮の線維芽細胞に作用することで、コラーゲン生成を促し、シワを改善する効果を発揮します。
浸透評価技術の比較と当社における取り組み
これらの美容成分を肌内部へと届ける製剤を開発していくためには、トラネキサム酸を肌の奥深くへ届けるディープデリバリー技術(浸透技術) のページでご紹介したような浸透性を高める技術はもちろんのこと、成分が肌内部に届いているかどうかを適切に評価するための浸透評価技術が非常に重要です。これまでに、フランツセルを用いた皮膚透過量の定量法や、蛍光物質を用いたイメージング手法、テープストリッピングした角層中の美容成分量を定量する手法、TOF-SIMSを用いた浸透状態の可視化手法、など時代とともに様々な手法が開発されてきました(表1)。しかしながら、これらの方法は、肌内部に浸透した成分の分布が分からなかったり、クリームなどの複雑な組成の製剤に含まれている特定の美容成分の評価が難しかったりするため、実際に開発した製剤を塗布したときの浸透状態を正確に把握できないという課題がありました。
そこで私たちは、比較的低コストで、肌内部のイメージングが可能となる顕微ラマン分光装置に着目しました(表1 )。ラマン分光とは、物質に光があたることで生じる特別な散乱光(ラマン散乱)を測定し、物質の状態を非破壊、非接触で調べることができる分析手法です。この 測定方法を応用することで、抗炎症効果やシミ対策効果を期待して化粧水や乳液などの製剤に配合される美容成分トラネキサム酸の浸透評価技術の確立を目指しました。
| 比較項目 | フランツセル法 | TOF-SIMS | 顕微ラマン分光法 |
| 評価内容 | 薬剤の皮膚透過量 | 皮膚内の薬剤分布 | 皮膚内の薬剤分布 |
| 測定原理 | 皮膚を透過した薬剤量を測定 | 分子量で薬剤を同定 | 分子振動で薬剤を推定 |
| 定量性 | 〇 | △(半定量的) | △(半定量的) |
| 主な メリット | ガイドラインあり 透過量を確実に定量可能 安価に測定可能 | ・感度が高い ・薬剤そのものの測定が可能 | ・薬剤そのもの、皮膚切片をそのままの状態で測定可能 ・安価、汎用的に測定可能 |
| 主な デメリット | 薬剤分布は測定不可能 | ・設備が高額 ・真空が必要になる場合があり極度に乾燥される懸念がある ・測定できない成分(イオン化されない、分解される成分など)がある | ・測定感度が成分で異なる ・微弱ピークは分析が困難 |
3. ラマンイメージング手法の確立
概要
本研究では、測定対象の美容成分のみを配合した単純な水溶液ではなく、実際の化粧水や乳液、クリームなどの化粧品製剤に含まれる美容成分の肌内部への浸透量を定量、可視化を目的として、3次元皮膚モデルと顕微ラマン分光装置を用いた浸透評価法を検討しました。
顕微ラマン分光装置は、化粧品中に含まれる美容成分や皮膚由来の豊富なラマンスペクトル(分子情報)が得られる測定機器です。化粧品を塗布した3次元皮膚モデルから得られたラマンスペクトルから、測定対象の成分由来の特徴的なピーク(成分によって生み出される強いラマンスペクトル)のみを抽出することができれば、皮膚断面画像に浸透量をイメージングすることが可能となり、美容成分が肌内部のどこまで到達しているのか確認することができます。
しかしながら、豊富な分子情報が得られるがゆえに、皮膚や化粧品などの多くの成分から得られるラマンスペクトルの中から、測定対象の美容成分特有なピークだけを取得するのは難しいと考えられています。また、ピーク強度も成分特有であり、弱いピーク強度の美容成分を検出することが技術的な課題とされていました。
そこで、我々は、近年研究が進められている多変量解析(MCR-ALS)に着目し、皮膚由来の分子や化粧品中の複数の成分からなる複雑なラマンスペクトルの中から特定のラマンスペクトルのみを取り出す手法の確立を目指しました。
本研究の流れと結果
① 皮膚由来のラマンスペクトルを取得
皮膚と化粧品由来の膨大な分子から特定の分子の情報のみを得るためには、皮膚のみ、そして特定の美容成分のみから取得したデータが必要となります。そこで、3次元皮膚モデル由来のラマンスペクトルを取得しました。その結果、皮膚組織の構成成分であるタンパク質などに由来するピークが確認できました

② トラネキサム酸由来のラマンスペクトルを取得
次に、測定対象の美容成分のラマンスペクトルを取得しました。今回は、抗炎症効果やシミ対策効果を有することが知られているトラネキサム酸を測定対象として、トラネキサム酸の原料そのもの(TXA Powder)と、水(TXA 0%)、0.3%トラネキサム酸水溶液(TXA 0.3%)、2.0%トラネキサム酸水溶液(TXA 2.0%)、4.0%トラネキサム酸水溶液(TXA 4.0%)のラマンスペクトルを取得しています。結晶状態ならびに水溶液中のトラネキサム酸のラマンスペクトルを図2に示しました。トラネキサム酸の原料そのもの(結晶状態)と水溶液中ではトラネキサム酸のピークの現れ方が異なりましたが、トラネキサム酸に特有のピーク(780 cm-1, 1035 cm-1, 1162 cm-1, 1466 cm-1)を複数取得することができました。トラネキサム酸水溶液で取得したラマンスペクトルのように、濃度に比例して強度が高くなる一連のラマンスペクトルを取得したうえで、多変量スペクトル分解をすることで、純粋なトラネキサム酸スペクトルを抽出することができ、肌内部でのイメージングに活用することが可能となります(図3) 。

③ クリーム製剤に含まれているトラネキサム酸のピークを取得
上記①・②の検討では、皮膚、そしてトラネキサム酸そのもののラマンスペクトルを取得し、多変量解析を行うための準備をしてきました。
そこで、単純な水溶液ではなく、多様な成分を含むためトラネキサム酸の検出難易度が高くなるクリーム製剤にトラネキサム酸を配合し、取得したラマンスペクトルの中から製剤中のトラネキサム酸ピークを検出できるか検討しました。
結果を図5に示します。トラネキサム酸2.0%配合クリーム製剤(TXA2.0% Cream)と0%配合クリーム製剤(TXA2.0% Cream)を差し引くことで差分スペクトル(Differential spectrum)を取得することができます。従来の評価法では、強度が強い成分を評価していたので差分スペクトルをイメージングすることで浸透評価ができるとされてきました。しかし、今回の差分スペクトルでは特徴ピーク(780cm-1、 1035cm-1)にほぼ差がみられませんでした。
一方、水溶液から多変量スペクトル分解をすることで、純粋なトラネキサム酸スペクトル(Extraction spectrum:図4 青)を得ることができたため、皮膚のイメージング評価へ用いることにしました(図4)。

④ クリーム製剤を3次元皮膚モデルに塗布した場合のトラネキサム酸ピークを算出
最後に、3次元皮膚モデルにクリーム製剤を塗布し、トラネキサム酸の浸透量の測定が可能かどうかを確かめました。
トラネキサム酸を塗布した皮膚切片のラマンスペクトルを取得するだけでは、トラネキサム酸由来の特徴ピーク(780cm-1)と皮膚由来のラマンスペクトルが重なってしまい、定量的なデータは得られませんでした(図5)。しかしながら、上記①~③の検討結果に基づいてトラネキサム酸由来のピークを機械学習したうえでラマンスペクトルの多変量解析を行うことで、トラネキサム酸濃度と相関した強度のスペクトルを抽出することが可能になりました(図6)。この技術は、従来では困難だった化粧品製剤に含まれる特定の成分の肌内部への浸透量を可視化できる画期的な手法です。


発表先
1)第35回 国際化粧品技術者会連盟学術大会 2025(IFSCC France – Cannes Congress 2025):ポスター発表
4. ディープデリバリー技術によるトラネキサム酸の浸透促進効果を確認
概要
トラネキサム酸を肌の奥深くへ届ける浸透技術のページでは、トラネキサム酸の浸透力を高めるディープデリバリー技術をご紹介しました。その技術を実際の化粧品製剤に応用し、製剤を開発した場合においても、トラネキサム酸の皮膚への浸透力が高まっているのかを確かめるため、今回確立した浸透力評価手法で評価しました。


考察
ディープデリバリー技術は化粧品製剤に応用した場合でも有効であることが確かめられました。化粧水にディープデリバリー技術を応用した場合と比べて、クリーム製剤にディープデリバリー技術を適用した場合では通常のクリームとの浸透量の差が小さかったですが、これはクリーム製剤には極性油等の浸透性にかかわる成分が多数含まれているためだと考えられます。本浸透技術に関する知見をさらに深めながら、多くの人々が悩みがちなシミやシワに対する効果が高い、より良い製品開発へと応用してまいります。
発表先
1)第35回 国際化粧品技術者会連盟学術大会 2025(IFSCC France – Cannes Congress 2025):ポスター発表
5. まとめ
ラマン分光法と機械学習による多変量解析法を組み合わせることで、クリームなどの化粧品製剤に配合したトラネキサム酸の皮膚への浸透性を評価する手法を開発しました。この手法は、トラネキサム酸に限らず多くの美容成分の浸透量測定に応用可能です。本技術をより良い製品づくりのために活用してまいります。
※参考:3次元皮膚モデルとは
「3次元皮膚モデル」とは、表皮細胞を重層培養して人工的に作り出した立体的なモデルです。角層・表皮などの複数の層構造からなり、実際の皮膚に近い性質を持つため、実験動物による皮膚刺激性試験の代替材料として使われたり、化粧品成分の浸透評価に用いられたりします。
※参考:ラマン分光法とは(測定原理)
光を物質に照射すると、物質の分子振動によって入射光と異なる波長を持つラマン散乱光と呼ばれる弱い光がでてきます(図9)。その波長の差は、物質が持つ分子振動のエネルギーに相当するため、分子の構造が異なると異なる波長を持ったラマン散乱光がでてきます。このラマン散乱光を分光器で検出するとラマンスペクトルが得られます。ラマンスペクトルのピーク位置や波形、ピーク半値幅からは結晶性の違い、ピーク位置のシフトなどから物質を構成する分子についての様々な情報が得られます。
今回の研究では、3次元皮膚から切り出した皮膚切片の断面のラマンスペクトルを多成分に分けることでトラネキサム酸のラマンスペクトルを特定し、このスペクトルをもとに皮膚断面各ポイントでのトラネキサム酸量を推定してイメージングしました。

